思考力はこの世に存在しない。数学は因果と経験の”暗記”。

「思考力はこの世に存在しない。」

この言葉を見て、「いや何言ってんだよww」と思う方は多いと思います。(笑)

少しインパクトを与えるためのタイトルだと思ってください。

 

今回私がこの場で皆さんに伝えたいのは、思考とはいったい何をもとに成立するのかということです。

伝えたいというより、脳科学的な根拠に基づいた発言では無く、単なる経験則に基づくものなので、一個人の意見くらいに受け取ってもらえれば幸いです。(おそらく、思いますなどの表現はその根拠のなさを表していますが、個人的には断言できるレヴェルに正しいと思っています。)

 

 

思考とは。~数学をもとに考える~

 

数学を学ぶとき、学校や塾の先生に言われたことが一度はあると思いますが、

「まず自分で考えて、考えきって、それでも分からなかったら解答を見なさい。」

「しっかり考えることで、思考力が養われる。」

 

これについてですが、先に言っておくと私は数学のこの勉強法についてですが、80%反対、20%賛成といった感じです。

 

皆さんも数学の初見問題を解けたときのことを考えてみてください。

そのとき、

「あっ、これはあの問題と似てるなー」

「この変形をすれば、あとはあの問題と解き方は同じだ!!」

と脳内でなっていると思います。

確かに0から考え付いた(と思う)神解答をまれにすることはありますが、100回解いたら98回は確かな過去の経験(解法の記憶)に基づくものだと思うんです。

 

では残りの2回の経験は果たしてみなさんが一問を解くときに頭を捻って考えたことによる賜物なのでしょうか。

 

おそらく違うと思います。

それは単純に過去の経験と、正解の間にあるものを偶然当ててしまっただけだと思います。

これの根拠は完全に私の経験と他人から聞いた話に基づきます。

(強く言ってしまえば、情報がなければ人は考えることが出来ないのは自明なので。) 

また、あの問題と同じだ!というステップは基本的に定石であったり、そう変形する方が上手くいくことが多い、という経験であり、そこに閃き要素は基本的に無いので、それを思考力とは言いません。(仮に言っても閃き力=運ですが。)

 

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画像をみてください。

緑色の進み方をして答えに向かわなければならない問題の時、その既知の領域を経由して答えに向かうのが98%、既知の領域が経験に無い時に偶然既知の領域(もしくは無知の領域)を通り答えに向かうのが2%が だと考えてください。なのでそこに思考力は存在しません。

 

つまりまとめると、意識的な思考も無意識的な思考も経験に基づくものなので、数学はどれだけ正しく多くの問題を経験して理解し、新しい問題に対応できる因果関係を大脳に記憶しているかが勝負になると思います。

なので無駄にわからない思考をしても意味がありません。

 

20%の賛成はたくさん考えることで、その問題の印象が強まり記憶しやすくなるということですかね。ただ記憶は印象よりも反復で覚えたほうがいい気もするので何とも言えませんね。

 

これらを考えると、いわゆる思考というのは、大脳にある記憶の意識的もしくは無意識的な選択によって生まれる複数の決定過程であり、

行動はその決定通りに人間が体を動かしたりするもののように思えます。

その選択の仕方は勿論皆さんの生まれてからの経験の樹形図的な道のりの上にあるので、一人一人個性ある考えをするのは当然ですよね。

 

言い換えれば思考というのは単に複数の記憶を選択していくプロセスで、その選択が正しいか否かを考えることも、それすらも記憶に基づく経験で、思考力はそれらの連続的、継続的な記憶のつながりの絶対量と同値であると言えます。(樹形図を想像してください。)

 

なので、所謂思考力というものはこの世には存在せず、

では代わりに”経験選択力”を身につけるには、

1,アブノーマルな経験をたくさん積み、生涯でその樹形図をとてつもなく大きくしていく。

2,ノーマルな経験の中に樹形図の枝をたくさん複雑に繋げる。

といったことでしょう。

これを常に怠らずにやっていけば人の精神や思考は更に洗練されていくと思います。